5月12日 今日は・・・ [管理人日記(雑記帳)]
5月12日 今日は・・・
「看護の日」
厚生省(厚生労働省)健康政策局看護課・日本看護協会などが1991(平成3)年に制定しました。
前年8月、文化人・学識人による「看護の日制定を願う会」が厚生大臣に要望書を提出し、12月に厚生省が5月12日を看護のひと定めました。
この日は、ナイチンゲールの誕生日です。
「ナイチンゲールデー」
赤十字社が、1820年のナイチンゲールの誕生日に因んで制定。「近代介護教育の生みの親」と呼ばれるナイチンゲールの誕生日に由来する国際デーで、日本では旧厚生省が1990年から「看護の日」と定められています。
ナイチンゲールといえば、“白衣の天使”と呼ばれて日本では女性性や慈しみの象徴となっているだけでなく、近代看護の礎を築いた偉大な人物でもあります。
ナイチンゲールは戦争中の負傷者・死亡者のデータを分析した統計学者でもあり、ナイチンゲールの提案した統計の方式やグラフ化の方法の一部は現在でも使われています。
そんなナイチンゲールですが、実は“白衣の天使”の異名とは想像もつかないような逸話を残しているんです。
ナイチンゲールは裕福な家庭に生まれたエリートでありながら、その人生のすべてを患者の治療に捧げました。彼女は人を治療するという目的のためならば、どんな障害があろうともあらゆる手段を用いて目的を達成した女性でもありました。
有名な逸話のひとつとしては、クリミア戦争の際に医療品の欠乏に困ったナイチンゲールは軍医長官ジョン・ホールに「包帯と消毒液が足りない。この在庫を出して」と詰め寄りました。ホール軍医長官は「この箱は委員会の許可なしでは開けられない。委員会が次開かれるのは3週間後だ」と言うと、なんとナイチンゲールはにぎりこぶしで箱の蓋を叩き割って「開くじゃない。貰っていきますよ」と颯爽と言い放ったといいます。このエピソードだけでも彼女が非常に強い人物であったことがわかります。
「天使とは、美しい花を振り撒く者ではなく、苦しみあえぐ者のために戦う者のことだ」
“クリミアの天使”と呼ばれたナイチンゲールの実像は、彼女が語ったこの言葉に要約されていますね。
「国際看護師の日」
国際看護師協会(ICN)が1965年に制定。
2002年3月に「看護婦」の呼称が「看護師」に変更されたのにあわせて、この記念日も「国際看護師の日」に改称されました。
「民生委員・児童委員の日」
全国民生委員児童委員連合会が1977(昭和52)年に制定。
1917(大正6)年、民生委員・児童委員制度の前身とされる岡山県の済世顧問制度が発足しました。
民生委員とは、福祉の増進の為に、地域住民の生活状況の把握、生活困窮者の保護指導、福祉事務所が行う業務への協力等を行う人のことで、厚生労働大臣の委嘱により市町村に置かれます。
また、「児童福祉法」により児童委員を兼務することとなっています。
「海上保安の日」
海上保安庁が1948(昭和23)年に、「開庁記念日」として制定。
2000(平成12)年より「海上保安の日」に改称。
1948(昭和23)年、海上保安庁が運輸省(現在の国土交通省)の外局として開庁し、初代長官の手により庁舎屋上に庁旗が掲揚されました。
アメリカのコースト・ガード(沿岸警備隊)に倣い、日本国の沿岸水域における海上の安全確保、法律違反の予防・捜査・鎮圧等の海上保安業務を一元的に担当する機関として発足しました。
「ザリガニの日」
1927(昭和2)年のこの日、鎌倉食用蛙養殖場に餌としてアメリカからアメリカザリガニなどが持ち込まれました。
持ち込まれたのは20匹でしたが、逃げ出したアメリカザリガニが全国で繁殖し、今では日本のザリガニの多数を占めています。
「アセロラの日」
沖縄県本部町が1999(平成11)年に制定。
アセロラの初収穫の時期であることから。
アセロラは西インド諸島原産の果物で、ビタミンCを豊富に含んでいます。