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仙石線の仙台~石巻間が開通90周年 [駅奪取]


 記念スタンプラリー開催 JR東日本

11月22日に開通90周年

 JR東日本仙台支社は2018年10月25日(木)、仙石線の仙台~石巻間が開通90周年を迎えるのにあわせ、記念スタンプラリーを開催すると発表。
仙石線はあおば通~石巻間を結ぶ49.0kmの鉄道路線。
宮城電気鉄道が1925(大正14)年に仙台~西塩釜間を開業し、1927(昭和2)年に松島海岸駅まで延伸、さらに1928(昭和3)年11月22日には石巻駅まで達し、仙台~石巻間は今年の11月で開通90周年を迎えます。
記念スタンプラリーは、90周年を迎える11月22日(木)から、約3か月後の2019年2月19日(火)まで開催。台紙を入手し、松島海岸駅、石巻駅、松島観光案内所、石ノ森萬画館の4か所のスタンプをすべて集めると、「仙石線開通90周年限定 石ノ森萬画館オリジナルクリアファイル」(限定900個)がプレゼントされます。

詳細は こちら

https://trafficnews.jp/post/81838?utm_source=onesignal&utm_medium=rss&utm_campaign=webpush&utm_term=81838


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2018/10/26 meat&table Lantan [企画予約決行の食事会or飲み会]



2018/10/26 19:30~
(4名)

誕生会

meat&table Lantan

水戸市新原1-3078-72










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めでたい電車が結婚!? [駅奪取]


南海電鉄は2018年10月26日(金)
観光列車「めでたいでんしゃ」の2編成「さち」と「かい」が“結婚する”と発表

南海加太線を走る観光列車「めでたいでんしゃ」の「さち」と「かい」が結婚し、夫婦になるといいます。これに伴い、結婚イベントが開催されるそうです。


南海電鉄によると今回、この「さち」(女の子)と「かい」(男の子)が結婚し、夫婦になるとのこと。結婚という形で結び付きを強めることで、これまで以上に利用者から愛される電車を目指すそうです。

これに伴い、2編成の結婚イベント「めでたいウエディング」を、11月23日(金・祝)に加太駅構内(和歌山市)で開催。当日は、加太駅2番線に留置している「かい」のもとに「さち」が嫁ぐ(1番線に入線する)形でイベントが進みます。

 地元の小学生からお祝いの歌と絵が贈られるとともに、加太春日神社の宮司による祝詞奏上や、並んだ2編成の前でくす玉割り、鏡開きなどを予定。そして“嫁入り列車”「さち」が加太駅を出発します。「さち」は特別ヘッドマークを掲出します。

 会場では結婚式とともに、キャンドルやしおりを作るワークショップ、福引なども行われる予定です。結婚イベント「めでたいウエディング」は10時50分から14時まで開催されます。南海電鉄は「ぜひ、2列車の晴れの舞台にお立ち合いください」としています。

元記事 https://trafficnews.jp/post/81835?utm_source=onesignal&utm_medium=rss&utm_campaign=webpush&utm_term=81835





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犬・リボンちゃん [管理人日記(雑記帳)]


うちの団地に 子犬の破棄があった

隣の家の人が 何故か早朝 うちの玄関のチャイムを連打した
ちなみに この隣の住人とは 付き合いはない

何事?と寝ぼけて出ていって 心臓バコバコ

なんかよくわからないが 我に返ると 子犬を手渡されていて
「???? なんでー????」
まじ なんで私 子犬渡されたんだろ

正直 まだその頃 犬猫の譲渡ボランティアはしていなかった時だ


たぶんその日の夕方だったか 次の日の夕方だったか

うちの犬は 散歩の時間を決めていなかった

毎日 同じ時間に散歩したり ご飯を上げたりすると
犬が時間を覚えて 遠吠えして要求したりするから
わざっと 不規則にしていました

でも その日は何故か いつもの時間よりも すごく早く犬の散歩に出ました

まるで何かに急立てられるかのように


しかも いつも行かないコース


近所の河の淵を歩いて居ると 河の反対側から 犬の呼び声

どうやら 子犬は1匹破棄したのではなく、母犬と子犬4匹破棄していったやつがいたらしく
子犬が河の崖から落ちて そこに母犬も降りたらしく 最初に手渡された子犬とそっくりな
子犬たちが 河の崖の上に2匹 河の中洲に母犬と子犬が1匹いました

すぐに家に帰って 脚立を持って 犬の居る側の 河淵に向かったのですが
足場はガザ藪で 歩きにくそう

どうしたものか?と思案していると そのががさ藪から 救世主が

よく散歩で うちの犬を可愛がってくれていたおじさんが 畑に杭を立てるため
篠を取りにがさ藪に入っていたらしく、訳を話すと ヒョイヒョイと脚立を持って
藪に入り(私も後を追いました) そこで 母犬と子犬3匹 救出

子犬は可愛かったので すぐに里親が決まり、母犬も避妊して さてどうしようかな・・・

って時に (数日でしたがうちではりんごちゃんって呼んでいました)
たまたま 「この犬どうしたの?」と聞かれ 訳を話したら
先住犬を亡くしたので と 里親になってくれる人が現れ
りんごちゃんは リボンちゃんになって 幸せになりました

感謝感謝


感謝の話は たくさんあります。が ま今日はこの辺で




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犬・桃太郎 [管理人日記(雑記帳)]


もう何年も前の話になるが その頃近所では「車犬」と言われるほど
いつでも 行動を共にした犬が居た
家の犬長男 優斗だ(16歳で他界)

時々駅に家族を車で送った帰り 優斗と立ち寄る散歩場所があった

そこは 他の方も たくさん散歩に利用する細道だった

いつもだと 細道なので 誰か他の人とすれ違う時は 通り過ぎるまで
お互いどちらかが 道を譲ったりして なんだかんだ1時間位歩く道だった

ところがその日は 珍しく誰とも遭わず すんなりと車まで往復できた

散歩道は 用水路の橋を渡ったところに車を停車して歩くのだが



車まで戻り 用水路の橋を渡ろうとしたら 川上から溺れかけた犬が流れてきた

うちの勇斗も 中型犬の大だが この犬も同じくらい大きな犬だった

私は泳げないのだが、幸いこの犬は首輪をしていて、川の橋の側にはフェンスがあったので
フェンスに捕まって こっちへおいで!って手を伸ばしたら 最後の力を振り絞る勢いで
寄って来てくれたので 助けることができた

火事場の馬鹿力? 20キロくらいは軽くある濡れ犬を 片手で川から助けたのだ

あと数秒時間がずれていたら 橋の下に入っていたら 消えた命だった

助けるチャンスを与えられたことに 感謝

それから 川上の方で 犬を探している人は居ないか?
この犬を散歩してた人を知らないか?
動物病院にも行って この犬を知らないか? 聞いて回った

邪険に 「たくさん見ているので わかりません」で 終わりにされた動物病院もあったし
「それは大変でしょう」と (過労から血尿が出ていたので)無料で 注射などの治療をしてくれた病院もあったり・・・ なんか 色々な人間模様が垣間見られました

川上を歩いて 飼い主を探していたら
私の知人が「こんな大きな犬(家の犬と)2匹も見るの大変でしょ? 家で預かろうか?」と申し出てくれて
名前がないと呼べないから 何か名前を考えてほしいと言われ「桃太郎」と命名

それから 10年 天寿を全うするまで その家で大切に飼われました
その友だちのご主人は 犬を買うのが夢で 何度も子犬をもらってきては 子供がどうしても
犬を拒否して飼うことを断念していたらしいのですが、その子が 桃太郎だけは大丈夫で
逆に感謝され 私も感謝感謝






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オタマジャクシ [管理人日記(雑記帳)]


オタマジャクシだって


あれは数年前 千葉に行った時の話

海岸に近づいたら 浅瀬でオタマジャクシを見つけました

「ん? 塩水・・・ オタマジャクシの住むところではないよね?」

そう思い 辺りを見回すと ちょうど手頃な空き缶を発見したので
すぐさま 救出

塩水はないだろう 同じサイズのオタマジャクシが居る池に放流

放流前 車を止めて この辺りはどうかな?と思った時すでに
「ここ! ここがいい!」って言わんばかりに 大暴れ(大はしゃぎ?)したオタマジャクシ
ぁぁ さっきまでのところじゃないって 解るんだね~と

こっちまで 嬉しくなったことに 感謝 感謝




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トンボ [管理人日記(雑記帳)]


これも 数年前の話になるが、ザリガニの話を思い出したので。。。

ザリガニの話を思い出したのは たまたま今日、ザリガニを逃した田んぼの横を通り、ザリガニを発見した
海岸の横を遠たからだ。

それで トンボの話を思い出した。

幼馴染の子と 栃木の茂木道の駅までドライブに行った日のこと

道の駅の側には 花壇にきれいな花が植えられていて
行ったついでに 傍を流れる川を散策

すると 沢山の魚が水面をパクパクしている

「?」なんだろう・・・・

見ると トンボが水面に浮いて流れていて それを魚たちが パクパクを突いていたのです

なんだか 助けたくなった私は 傍にあった クズのつるをトンボの方に投げました

なかなかうまいこと側に行かず 何度もトライ

するとトンボが「はっ!」としたように クズのツルが 自分のところに来るチャンスを
待っているようで 私も一生懸命それに答えるように トライしました

トンボはツルの先に「今だ!」って感じでしがみつき、・・・
ツルの先は 掴んだトンボと共に沈んだのですが 浮き上がるとしっかりとトンボはツルにしがみついていたので
ゆっくりと引き寄せ 日当たりの良い葉っぱに止まらせてあげました

どれくらい経ったかな~ トンボは羽が乾いたみたいで
まるで お礼を言ってるかのように 私の上を 何度も何度も旋回していました

言ってるのかのように?ではなく お礼を言っていたのかも知れません

魚にパクパクされていた時は「もうだめだー」と諦めたかのように ぐったりしていたのに
旋回するトンボは力強く 私も 友だちも とっても嬉しい気持ちになりました

そんな嬉しい体験ができたことに 感謝 感謝






タグ:感謝 トンボ
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ザリガニ [管理人日記(雑記帳)]


かなり前の話になるが
人のこぶし大の石ころがいっぱいの海岸に行った時の話
足元が少しフラフラする 石の海岸を歩いていたら 大きなアメリカザリガニを見つけた

人の背丈ほどの高さにマンホールが突き出していて、そこから水が流れ出ては 石の間に消えていく
そこにそのザリガニは居た

生きてるのかな?

グッタリとはしてるけど 生きているようだ

こんな海岸で死にたくはないだろう そう思ってザリガニを拾い上げた

大きなハサミは だらんと垂れ下がり 生きては居るけど もう死にそうであった


海岸に何で行ったのか?とくに 理由もなかったので

ザリガニを持って 車に乗り込み、直線で山側に進み、田んぼの小川に放そうと
車を走らせ 降りた

すると さっきまで 死にそうだったザリガニが 勢いよく身体をビンビンに動かし
ほんと 嬉しそうに川に入っていった

ぁぁもう田んぼに帰れないのかな?と ガックリと生きる望みをなくしていたのに
帰ることができて 嬉しかったのだろう

あんなザリガニにも 感情はあるのだ


その喜びを共感できたことに 感謝した


あ 私は宗教家ではない
無宗教というのでもないが 特定の宗教にはハマっていない
広く 浅くがもっとう



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全盲の猫 ムスタン [管理人日記(雑記帳)]

今日は全盲の猫ムスタンが 2014年に正式譲渡された日です。

ヒマラヤから 無事生還した友だちが 全盲の猫の里親になってくれました。

2014年の遭難事故

2014年10月15日に、アンナプルナ周辺で吹雪とそれに伴う雪崩が発生。
少なくとも43人の死亡が確認されました。うち、少なくとも21人がトレッキング中の外国人で、他はネパール人のガイドやポーターでした。
怪我や死亡事故はンナプルナダウラギリの山々やその周辺の異常な激しい吹雪雪崩によるものでした。

ネパールのトレッキングにおける過去最悪の事故。
詳細
2014年10月14日ヒマラヤの範囲ネパールのマナンムスタング地区アンナプルナとダウラギリ周辺で吹雪と一連の雪崩が発生。
最悪の凍傷などの怪我をしたと報告は175人で、最大50人が行方不明と推定。
この時 現地入りしていたのは日本人15人、内10人の安否確認後、5人が行方不明で、この時の5人の内に友だちは入っていました。

内2名は千葉県のご夫婦で、死亡が確認され、2名は未だ行方不明のまま。
友だちは たまたま個人的に救助要請されたヘリに助け出され、カトマンズに降り立ち、奥さんに即座に電話し
(奥さん談)「あの目の見えない猫どうした~? ムスタンって名付けて飼うから」と
その後 凍傷が酷かったため、順番を待たずにその日の内に帰国。
そして 全盲の猫ムスタンは 2014年の今日

こちらのお宅に 正式譲渡されたのでした。


後日談で・・・・

今年も先月から 山に行っています。Pokhara から連絡はありましたが
その先は電波がないので 音信不通

10日ほど前のPokhara の写真
山の上でなければ こんなにリゾート地なんですね~ 沖縄と同じ緯度かな
緯度と経度がよくわからないや(笑)

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こんなだから、軽装でちょっとのつもりで登った人も居たのでしょう
前日まで 春めいたような陽気の翌朝、目覚めると 山小屋のドアは 1メートル以上の雪で埋まっていたそうです
1、そのまま そこに留まる
2、山を2つ越えて 下山する
3、山を登る

山小屋で一晩一緒に過ごした フランスから来た軽装の若者2人は 残る選択をして
(後日談として)亡くなったそうです
私の友達は ムスタン王国のあった地を目指して 偶然ヘリに出会って 命拾いしたそうです

山を登っている最中 ずっと 無事に帰れたら全盲の猫に「ムスタン」と命名して飼おう
って 思いながら 前に進んだそうです。



ムスタンとは ネパールの山奥の小さな村の名前だそうですが
嘗ては ムスタンキングダムと言い、王様の居た王国なんだそうです

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10月26日 今日は・・・ [管理人日記(雑記帳)]



10月25日 今日は・・・
「きしめんの日」
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 愛知県製麺工業協同組合が制定。
 愛知県名物の『きしめん』をもっと多くの人に食べてもらうのが目的。
 日付は食欲の秋である10月と、『きしめん』の特徴であるツルツ(2)ル(6)感を表した26日の組み合わせから。
「柿の日」
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 全国果樹研究連合会カキ部会が販売促進を目的に2005(平成17)年に制定。
 1895(明治28)年のこの日、俳人・正岡子規が「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の句を詠んだ事から。
 また、地域によって違いはあるものの、柿の旬の中心的な時期にあたることもその理由のひとつ。
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 古くから秋の味覚の筆頭とされる柿。弥生時代に大陸から伝わり、鎌倉時代にはすでに収穫目的で柿の木を植えたとされる跡も残っています。
 甘い果実のイメージがある柿ですが、もともと原種は全て渋柿だったそうです。
 殺菌効果があるため食べ物を葉でくるんだり、耐水性のある塗料として使われるなど、現在の食用としての柿とは異なる用途で使用されています。
 柿には栄養が豊富に含まれており、「柿が赤くなれば、医者が青くなる」と言われるほど栄養価が高く健康食品として優秀と言われています。
 その意味は「柿を食べることで病気になる人が減ってしまい、医者の経営がままならなくなる」からだとか。
 それだけ柿は栄養がたくさん含まれている食材なのです。
 「風邪予防にはビタミンC」とはよく言われますが、“ビタミン=酸っぱい”イメージで、柑橘系のフルーツに豊富な印象がありますよね? 実は酸っぱいイメージとは無縁の「柿」のほうが、ビタミンCの量が多いんです!
 柿に含まれるビタミンCは、みかんやいよかんなど、(品種によっては)柑橘類の数倍とも言われています。
 大きい柿なら、一個食べるだけで、ぼ1日分のビタミンCの必要量を摂取することができます。
 食後のデザートにもピッタリな柿。今年の秋のデザートは柿にしてみてはいかがでしょう。
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 ちなみに、個人的にですが 干し柿が大好きです[黒ハート]
「サーカスの日」
 1871(明治4)年、東京九段の招魂社(靖国神社)で、フランスの「スリエサーカス」が日本で初めて洋風のサーカスを興行したのがこの日です。
 本格的なサーカスが来日したのは1886(明治19)年のチャリネ曲馬団でした。
「デニムの日」
 「デ(10=Ten)ニ(2)ム(6)」の語呂合わせから、岡山デニム協同組合が制定。
 トレンドに追われることなく、いつでも誰でも気兼ねなくデニム製品に親しんで欲しいという思いから、デニムに関するPR活動などを行っています。?
 最近は「デニム」と「ジーンズ」は同じものとして使われることもありますが、本来デニムは織物の種類の名前で、主にインディゴなどで染められる生地の名前。
 ジーンズは厚手の織物を使用して特殊な縫製方法を用いて製造されたパンツのこと。
 ちなみに、「ジーパン」は和製英語です。
「原子力の日」
 科学技術庁(現在の文部科学省)が1964(昭和39)年に制定。
 1963(昭和38)年、茨城県東海村の日本原子力研究所で、日本初の原子力発電が行われました。
 また、1956(昭和31)年のこの日には日本が国際原子力機関(IAEA)に加盟しました。
「反原子力デー」
 「原子力の日」に因み、各地で原発反対の運動が行われます。
「青汁の日」
 アサヒ緑健が制定。
 10をアルファベットのIOに見たてて「青」と読み、26を「汁」と読む語呂合せ。
「ナショナルデー [オーストリア]」
 1955年のこの日、オーストリアが永世中立国宣言をしました。
「アンガムデー [ナウル]」
 第一次大戦後の人口調査で、民族の存続に必要とされる1500人を下回った南太平洋の国・ナウルの人口が、1932年のこの日に1500人に達したことを記念しています。




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